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松山地方裁判所 昭和30年(行)11号 判決

原告 福岡為好 外一名

被告 松前町長

主文

原告らの本件免職処分の無効であることの確認を求める請求はこれを棄却する。

被告が昭和三十年九月十三日原告福岡為好、同大西徳男に対してした免職処分はいずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告が昭和三十年九月十三日原告福岡為好同大西徳男に対してした免職処分の無効であることを確認する。」もし右請求が容れられないときは「右免職処分はこれを取消す」「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として

原告ら両名はいずれも松前町吏員として雇われ同町役場に勤務していたものであり、被告は町職員に対し任免の権限を有している者であるが、昭和三十年九月十三日原告ら両名を免職処分に付した。しかしながら右免職処分は次の理由により違法無効なものである。

一、本件免職処分は原告らがいずれも松前町吏員として適格性を欠除しているとの事由に基いてなされたものであるが、かゝる事由は全然存在しないのみならず右免職処分は形式上は松前町長の名においてなされているけれども、寧ろその実質は先般行われた松前町長選挙に際し原告らが反鶴田派の兵頭候補のため選挙運動をしたとする全く被告の個人的恣意的な感情によつて敢行されたものであつて、原告らにはその勤務状態その他につき何ら指摘を受くべき非違はない。

二、そればかりか本件免職処分は労働基準法第二十条に違反し無効である。

労働基準法第二十条は使用者は労働者を解雇する場合にはすくなくとも三十日前にその予告をしなければならないし、右予告をしない使用者は三十日分以上の平均賃金を支給しなければならない旨それぞれ規定している。しかるに被告は本件免職処分を行うに当つて右法規に定められた手続を履践しなかつた。

三、また本件免職処分は地方公務員法第四十九条に違反し無効である。

地方公務員法第四十九条第一項は職員に対し懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においてはその際その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない旨規定している。本件免職処分が右法条にいう処分に該当することは勿論であるのに、被告は本件処分を行うに当り同条に基く説明書を原告らに交付しないのみか、その後原告らにおいて本件処分の不法を責めその説明書の交付を請求したが、これに対し被告が交付した説明書は極めて抽象的であつて具体的に処分の事由を明示していない。

而して右の各違法はいずれも重大且つ明白な瑕疵に該当し、従つて本件免職処分は当然無効であるというべきであるから原告らはこれが無効確認を求める。仮りに前記各違法事実が無効事由に該当せず、従つてこれが無効確認を求める理由がないとしても、右各事実は取消事由に該当するから予備的にこれが取消を求める。なお、抗告訴訟の前提となる訴願の点につき、本訴については審査請求の手続を履まないで訴を提起したものであるが、これは原告らが免職処分に付せられた当時には松前町には右処分の適否を審査する機関である公平委員会が未だ設置されていなかつたため原告らはこれが救済を求める審査請求の手続を経由することはできなかつたのであるから、右手続を経由しないで直ちに本件免職処分の取り消しを求める訴を提起し得るものであると述べ、原告福岡が解職後在任中のことに関し鶴田義正及び助役小笠原宗利を公文書偽造のかどで告発したとの被告の主張事実は認める、被告の原告らが条件付採用職員であるとの主張につき、原告らがいずれも昭和三十年三月三十一日新松前町発足の際任命されたものであることはこれを認めるが、これは町村合併のため右のような措置がとられたまでであつて、原告らは従前から多年松前町に勤務していた職員である。町村合併による身分の喪失は単に形式に止まり実質的には何ら身分につき変動を生ずるものではない。この点は町村合併促進法第二十四条第一項及び昭和三十年五月十九日附の自治庁次長通牒の趣旨に徴しても極めて明らかなことであるから被告の右主張は理由がない。その余の主張事実はいずれもこれを争うと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告ら主張事実中、原告らが松前町吏員として同町役場に勤務していたこと、被告が昭和三十年九月十三日原告らを免職処分に付したこと、労働基準法第二十条所定の解雇の予告及び予告手当を支給していないこと及び松前町に公平委員会が設置せられていなかつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。なお、被告が原告らに対し解雇予告をした日は昭和三十年八月三十日である。本件免職処分は町長の権限に基き正当な理由があつて行われたものであるから無効でないことはいうまでもなく、また取消原因もない。しかして、原告ら両名を解職したのは(1)勤務成績が良くない、(2)公務員としての適格性を欠いでいる、ということを理由としたものである。すなわち、

一、被告は町村合併によつて偶新松前町が発足するに当り新町における財政は極めて困難な事情にあつたので、この機会に事業費及び人件費の節減をはかるとともに人事の刷新を期し以て町政運営の合理化と健全財政の確立を推進せんとの意図の下に人員整理に着手し勤務実績の不良者七名(原告ら二名を含む)を選定してそれぞれ退職勧告をし、内五名は趣旨を了承して円満退職したが、原告らはこれに応じなかつたのでやむなく免職処分に付したものである。しかして、原告らはいずれも従前からその勤務実績は良好ではなく、このことは庁内はもとより町会議員の間において等しく認めるところであつた。すなわち、原告福岡は年令五十歳を超える老令者である上、事務に対する積極的な研究心はもとより執務意慾は全く認められなかつた。それ故同人は戸籍の証明や住民登録の事務のような簡易な業務に従事させていたのにかかわらずそれでさえ過誤が多かつた。また、原告大西も原告福岡と同様事務に対する積極性はなく、その担任事務であつた配給台帳の整理、配給米の個人的計算事務も充分遂行することができなかつたし、所轄庁に対する主食配給人口統計の報告についても期限までに報告ができなかつたのみならず、その報告内容にも過誤が多く屡々所轄庁より訂正方の要求を受ける始末であつたが、一向反省研究の後は認められなかつた。

二、以上の外原告らはまた公務員としての適格性を欠除していた。すなわち、原告らは、来庁の町氏に対しても不親切で適切な応接ができなかつたばかりか他面上司に対する態度は横柄であつて、上司を中傷する等万事について極めて非協力的であつた。原告福岡が上司に対し非協力的であつたことは、同原告は本件免職後ではあるが、同原告在職中のことに関し鶴田義正及び松前町助役小笠原宗利を公文書偽造のかどで告発したことからも窺知できるのである。のみならず、原告らはいずれも昭和三十年四月施行の松前町長選挙にあたり立候補した兵頭定雄の選挙運動を行い、右選挙の終つた後も常にその言動が一派に偏していたものであるから特に政治的中立性を要求されている公務員としてはその適格を欠いているものという外はない。

三、原告らは本件免職処分には労働基準法第二十条及び地方公務員法第四十九条に違反しているから無効であると主張するが、原告らはいずれも昭和三十年三月三十一日新松前町の発足に伴い新規に採用せられた職員である。(町村合併の際、旧町村の職員は新町発足と同時に引続き勤務する場合においても新規採用の形式を執るべきことは自治庁の行政解釈である)地方公務員法第二十二条によれば臨時任用又は非常勤職員の任用の場合を除いては職員の採用はすべて条件附のものとし、その職員がその職に六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したとき正式任用になる旨の規定があり、これに従うときは原告らはいずれも未だ正規の職員として任命せられたものということを得ないものであるから、原告主張のような地方公務員法第二十八条及び第四十九条の規定による身分保障をうけ得ないものであることは当然であるばかりか、労働基準法第二十条の規定を適用する余地もないものというべきである。従つて任命権者である被告において町政運営の見地に立つて自由にこれを免職することができるものであるから被告には何ら違法の廉は存しない。仮りに然らずとしても地方公務員法第四十九条に基く説明書の交付は処分後の行為であつてこれに先行する免職処分自体の有効要件でもないから、これが手続に欠缺があつたとしても免職処分の効力を左右するものというを得ないものと解すべきであるばかりか、被告は原告らに対しては免職処分を行うに当つて免職事由の概要を口頭を以て説明し、且つ昭和三十年九月三十日同日付を以つて説明書を交付している。また労働基準法第二十条の解雇予告及び予告手当の支給をしなかつた点については、かりに本件免職処分につき同条の適用があるとしても、松前町職員退職手当支給条例第十条には労働基準法第二十条に相当する職員の退職手当支給に関する条規が存し、原告らは右条例の定めるところに従い当然右予告手当の支出を受け得られることとなつているのであるから、たとえ被告において原告らに対し右予告手当を現実に提供しなかつたとしても労働基準法第二十条不遵守の責なきものというべきである。のみならず、右規定は単なる取締規定と解すべきものであつてこれに違反したからといつて免職処分自体の効力を左右することはできないものというべきであるから、いずれにしても被告には手続の欠缺による違法の廉はない。と述べた。

(立証省略)

理由

一、原告ら両名がいずれも松前町吏員として同町役場に勤務していたこと及び被告が昭和三十年九月十三日原告ら両名を免職処分に付したことは当事者間に争ないところである。

二、ところで原告らは本件免職処分は被告の個人的な恣な感情にもとずいて行われたものであると主張するけれども、原告らの全立証をもつてしてもこれを認めることはできない。

三、原告らは本件免職処分は労働基準法第二十条及び地方公務員法第四十九条に違反するから無効であると主張するのに対し、被告は原告らは地方公務員法第二十二条にいわゆる条件附任用期間中の職員であるから本件免職処分については労働基準法第二十条及び地方公務員法第四十九条の適用はないと主張するので、果して原告らが条件附任用期間中の職員であるかどうかについてまず判断することとする。

四、原告らがいずれも旧松前町の職員であつたところ、昭和三十年三月三十一日町村合併により新たな松前町の発足に当り引続き同町の職員として任用されたものであることは当事者間に争がないところであるが、合併前の各町村の職員の身分を保有していた者は果して合併によつて新町村の職員として任用される際被告主張のようにすべて採用後六ケ月間は条件付採用職員としての取扱を受けるか否かについては疑問が存するので検討しなければならない。町村合併によつて従前の一町村の名称が合併後において継承されたとしても旧町村は合併によつて消滅し、人格を異にする新町村が発足するものであるから、旧町村の職員としての身分を保有するものは合併と同時に何らの任命行為も要せず自動的に合併した町村の職員としての身分を取得するものではなく新町村において新に任命行為を行うことによつて新町村の職員としての身分を取得するものと解すべきことは被告主張のとおりであるけれどもそれだからといつて直ちに新町村における職員任用につきその主張のように地方公務員法第二十二条第一項の条件付採用の規定までが適用せられると解するのは早計である。なんとなれば、右は規定の文言によつて明らかなように、地方公共団体が競争試験又は選考等によつて新に採用した職員についての試用期間を定めた規定と解すべきものであるのみならず町村合併促進法第二十四条の規定の趣旨に徴しても合併後の新町村が合併前の旧町村に勤務していた職員に対して任命行為を行う際にまで適用されるものと解することは相当でない。しかして、本件についてこれをみるに証人小笠原宗利の証言によると、旧松前町外二ケ村の合併に際して開かれた合併促進協議会においては、合併の際の旧町村職員の処置については合併後新町において新町職員として引続き身分を保有するよう措置すべきことの決議がなされておることが認められ、また成立に争のない甲第三、四号証によれば原告らに対し合併後の松前町から交付された辞令はその文言上条件附採用の趣旨がうかがわれないのみか却つて正式任用の趣旨の任命文言と解するのが相当と認められるのであつて、右各事実に徴するとき原告らが条件附採用職員であるから地方公務員法第四十九条及び労働基準法第二十条の規定の適用はないとの被告の主張は採用するに由ないものである。

五、本件免職処分が労働基準法第二十条に違反するかどうかについて判断するに、被告が原告らを免職するにあたり三十日前に解雇予告をしなかつたこと及び三十日分以上の平均賃金を支払わなかつたことは当事者間に争のないところであるから本件免職処分は同条に違反する処分であるというのほかはない。しかし、同条に違反して予告手当の提供をしないでする解雇(免職)が無効であるかまたは単に使用者が同条所定の予告手当の支払債務を負担するに過ぎなく解雇そのものは有効であるかについては同条の規定自体が明瞭を欠きいずれとも解し得る余地が存し学説も対立しているのであるが、同法第百十四条によると、裁判所は同法第二十条に違反した使用者に対し労働者の請求により同条の規定により使用者が労働者に対して支払うことを要する金額の未払金のほかにこれと同一額の附加金の支払を命ずることができることと定められているのであつて、もし予告手当を支払わないでした解雇が無効であるとすれば使用者と労働者との雇傭関係は依然として存続しているのであつて、使用者をして労働者に対し右附加金だけを支払わせるのならば格別同法第二十条所定の予告手当まで支払わしめる必要はない筈であつて、かくては附加金支払制度を設けた同法第百十四条の趣旨を没却するというべきである。したがつて同法第二十条により同条所定の予告手当を支払うことは即時解雇をしようとする使用者に課せられた労働基準法の義務ではあるが解雇自体の有効要件をなすものではないと解するを相当とする。さすれば本件免職処分は労働基準法第二十条に違反するから無効であるとの原告らの主張は採用に由ないものである。

六、本件免職処分が地方公務員法第四十九条に違反するかどうかについて判断する。同条は任命権者が職員に対しその意に反すると認められる不利益な処分(免職がこれに該当することは当然である)を行う場合においてはその際その職員に対して処分の事由を記載した説明書を交付することを要する旨定めているのであるが、右処分説明書の交付は処分の効力の発生要件をなすものではなく、処分の通知が相手方の了知し得べき状態におかれた場合には処分説明書の交付がなくても右処分は有効であると解すべきであつて、単に任命権者に右説明書の交付義務を課したに過ぎないと解するのが相当である。さすればよし原告らが本件免職処分を受けるにあたり処分説明書の交付を受けなかつたとして、右の処分を無効ならしめることはないから、この点に関する原告の主張もまた理由がないというべきである。

七、本件免職処分について原告らの主張する右各事実はいずれも右処分の無効事由にあたらないこと以上認定のとおりであり、原告らにおいて右のほかには本件免職処分を無効ならしめる事由を何ら主張立証しないのであるから、右免職処分が当然無効であることを前提としてこれが無効確認を求める原告らの本訴請求は失当である。

八、次に予備的請求(取消請求)の当否について判断することとする。

(一)  訴願前置について

本件免職処分の取消を求める訴が行政事件訴訟特例法第二条にいわゆる行政庁の違法な処分の取消を求める訴に当ることは明らかであり右処分について地方公務員法第四十九条第四項による審査の請求がなされていないことは原告らの自認するところである。

ところで、原告らは本件免職処分についてその発令当時松前町には未だ地方公務員法第七条第三項に定める公平委員会の設置がなかつたので、原告らは右審査の請求をしようとしてもこれをすることができなかつたのであるから右手続を経由しなくとも直ちに本件免職処分の取消を求める訴を提起できると主張するので、判断するに原告らが免職処分を受けた当時松前町には公平委員会の設置がなかつたことは当事者間に争がなく、当裁判所が真正に成立したと認める甲第二号証及び原告福岡為好本人尋問の結果をまとめて考えてみると、原告らは原告らの免職につき救済を求める公平委員会が松前町に設置されていなかつたので愛媛県人事委員会に対し審査請求をなすべく努力したが、右人事委員会も松前町から委任のない限り審査をなすべき権限がないことが判明し、従つて審査請求の途はたたれたため直接本訴に及んだことが認められるものであつて、このような場合には行政事件訴訟特例法第二条但書所定の処分につき審査請求を経由しないことにつき正当な事由がある場合に該当するものと解すべきであるから、右審査手続を経ずして直ちに本件免職処分の取消を求める訴を提起したとしてももとより適法なものであるというべきである。

(二)  被告は原告らは条件附採用職員であるから地方公務員法所定の身分の保障はなく、被告において自由に免職し得るものであると主張するけれども、原告らが条件附採用職員でないこと前記説明のとおりであるから被告の右主張は採用の限りでない。

(三)  そこで果して原告らに被告主張のような免職事由が存在したかどうかについて順次検討を加えることとする。

1  原告福岡為好について

(1) 勤務実績

(イ) 老令であつて、事務処理に対する意欲がなく、且つ、事務に関し積極的研究心が認められないとの点につき、

証人小笠原宗利、中島保義の各証言及び被告本人尋問の結果を併せ考えると、同原告は年令五十四歳(免職時)に達し、免職当時は戸籍の証明及び住民登録に関する事務を担任していたものであるが事務能率はやゝ低調であつたこと、職務に関し積極的な研究心が認められなかつたこと、などの事実が窺知することができるけれども証人水本義春、鴻農敏一、武智哲夫の各証言を併せ考えると同原告の平常の勤務が不良であつて他の一般職員に比してその能力が劣つていたものとは認め難いし、証人小笠原宗利の証言によれば一般に町村の職員は勤務振りは低調であり、殊に法令等の研究について積極性がないことが認められるからこれらの事実を彼此綜合して考えてみると、同原告は勤務成績の特に優れた職員でないことはいなめない事実であるとしても、原告の年令、前歴、松前町吏員としての地位及び町村職員の法令の研究や執務に対する積極性についての一般的事情等を考えてみるとき、原告としては誠実にその職務に従事していたものと言う外はなく、法令等の研究不足及び事務に対する積極性を欠くこと等の事由によつて特に事務の遂行に支障を来したとの事実は認められないのであつて、右の点について原告に対しその積極性を要求することはやゝ酷に失する嫌があるものと考えられるから、原告の右認定のような勤務状態を以て成績不良と目するは相当でない。

(ロ) 簡易な事務を掌理させたが過誤が多かつたとの点につき、

証人小笠原宗利の証言によれば、原告は前認定のような事務に従事していたが、松前町助役である同証人に対し町民の二、三の者から同原告の事務処理が遅滞する旨注告を受けたことがあつたことなどの事実を認めることができるけれども、果して事務処理に遅滞があつたかどうか、また遅滞があつたとしても、その遅滞の程度及び原因は明らかでなく、同原告に事務上の過誤が多かつたとの点はこれを認めるに足る証左はない。被告は同原告の担任事務は簡易な仕事であるというけれども、その事務はその性質上簡易であるとは言えないし寧ろ重要な職務であると考えるのが相当であり、単に助役に対して町民の二、三の者から同原告の事務処理が遅滞するという申出があつた一事を捉えて、果して真に遅滞するのかどうか、遅滞するとすれば、その遅滞の原因は原告の能力に起因するものか将又事務輻輳等その余の事由に基くものであるか、どうかをたしかめないで、直ちに同原告の勤務成績が良くないというのは妥当でない。

(2) 公務員としての適格性

(イ) 来庁の町民に対する態度が不親切であり且つ適切な応待をしなかつたとの点につき、

同原告に表記のような非違があつたとの点は本件に顕れた全立証によるもこれを認め難いのでこの点を同原告の公務員として適格性を欠ぐ事由とすることはできない。

(ロ) 上司に対する態度が横柄であり且つ上司を中傷し、万事につき非協力的であつたとの点につき、

この点に関聯して、同原告が本件免職処分を受けた後同原告在職中のことに関し鶴田義正及び松前町助役小笠原宗利を公文書為造のかどで告発したことは当事者間に争のない事実であるが、証人高木義隆の証言及び同原告本人尋問の結果の一部によると、昭和三十年六月十二日松前町在住者田坂保が同町戸籍係に対して訴外馬場坂一の居住証明書の作成方を申出たのであるが戸籍係員である原告らが調査したところでは同訴外人は、本籍は松前町でも同町に住民登録をしていないので戸籍係高木義隆が右居住証明書の作成を拒絶したのに右田坂保は必要だから是非作つてくれと言つて承知しなかつたため、右高木が助役小笠原宗利に伺を立てたところ、同助役は作成してやれというので戸籍係において該書面を作成してこれを田坂保に手交したような事実があつたことが認められるのであり、同原告本人尋問の結果によると、右は明らかに犯罪になると思つたから、松前町政明朗化のため検察庁に告発したのである旨供述しているのであつて、右事実が果して犯罪となるか否かは暫くおき右のような事実がないのに拘らず同原告が単に元上司であつた被告及び小笠原宗利を中傷するため同人らを告発したとの事実はこれを認めることができないから、単に同原告が右告発をしたとの一事を捉えて同原告に同原告在職中上司に対し非協力的であつたとの事実認定の資料とすることはできないというべきである。

証人小笠原宗利の証言によると、同原告の上司に対する態度は必ずしも非のうちどころがなかつたとは言えないことが認められるけれども、また一方右小笠原証人の証言によれば松前町吏員の上司に対する態度は一般的にみて礼節の点において欠ぐる点もないことはなく好ましい状態ではなかつたことが認められるから特に同原告一人に対して上司に対し礼節を尽すことを要求することは当を得ないものと言えるし、証人高木義隆の証言によれば、同原告が同僚に対し上司に対する不平不満をもらしたりするようなことはなく、また同原告が上下の信頼関係を紊し指揮統率等にまで悪影響を及ぼすような行動をとることはなかつた事実が認められ、他に同原告が万事に非協力的であつたとの点についてはこれを認めるに足る証拠はないからこれらの事実を目して同原告が公務員としての適格性を欠ぐ事由とすることはできない。

(ハ) 昭和三十年四月施行の松前町選挙におて特定候補の選挙運動をしたとの点につき、

証人中島保義の証言及び被告本人尋問の結果中には原告は昭和三十年四月施行の松前町選挙に際し立候補した兵頭定雄のために選挙運動をしたらしいとの供述部分が存するが、右の供述は原告本人尋問の結果と対照してたやすく信用し難く他に右事実を確認するに足る証拠はないから、同原告が特定候補の選挙運動をしたことを理由として同原告が公務員としての適格性がないとする被告の主張は認め難い。

2  原告大西徳男について

(1) 勤務実績

被告は同原告は事務につき積極性がなく、担任事務について過誤が多かつたと主張するので判断するに、証人小笠原宗利、中島保義の各証言及び同原告本人尋問の結果を併せ考えると、同原告は食糧配給事務を担任していたものであるが、その事務である食糧事務所に対する月例報告が提出期限を徒過したことのあること、右報告内容に違算等の過誤が存したこと、右のような違算を所轄官庁から指摘され注意をうけたこと、同原告の事務に対する積極性は必ずしも顕著ではなかつたことなどの事実を認めるこができるけれども、証人水本義春、武智哲夫の各証言及び原告本人尋問の結果を併せ考えると、右のような事務処理上の手違も原告が右事務を執り始めて間もない事務内容に通暁しない期間に主として生じたものであること、右過誤は同原告の怠惰等の不誠実に起因するものではないこと及びその他に勤務態度、能力等についても他の一般職員とくらべて著しい懸隔があつたとの例証は見当らないこと等の事実が認められるばかりか、事務に対する積極性の不足については前記原告福岡と同様特に原告大西のみを責めることは当を得ないから結局同原告の右勤務状態を目して勤務実績が良くないものと認めることは妥当でない。

(2) 公務員としての適格性

(イ) 上司に対する態度が横柄、且つ上司を中傷し、万事につき非協力的であつたとの点につき、

証人小笠原宗利の証言及び被告本人尋問の結果を併せ考えると、同原告の上司に対する態度は必ずしも非の打ちどころがなかつたとは言えないことがうかがわれるけれども、同原告の勤務態度がその勤務実績に悪影響を及ぼしたとの事実はこれを認めることができないのみならず、前段認定のようなこの点に関する松前町職員の一般的事情を考えると同原告の所為を捉えて上司に対する態度が不良であるとすることは相当でない。また同原告が上司を中傷したこと、非協力的であつたことなどについてはこれを確認するに足る証拠はないから、これらの事由があるとして同原告が公務員としての適格性を欠ぐということはできない。

(ロ) 昭和三十年四月施行の松前町長選挙において特定候補の選挙運動をしたとの点につき、

証人中島保義の証言中には同原告は表記選挙に立候補した高市某のため選挙運動をしたとの供述部分が存するが、右の供述は同原告本人尋問の結果と対照してたやすく信用し難く、他に同原告が前記選挙に際し特定候補者の選挙運動をしたとの事実を確認するに足る証拠はないから、この点から同原告に公務員として適格性がないということはできない。

3  免職処分に至つた経緯及び綜合的判断。

証人小笠原宗利、中島保義、住田謙三郎、古川尚一の各証言及び被告本人尋問の結果を併せ考えると、松前町は発足当時、多額の負債のため町財政は仲々困難な事情にあつたので、町政運営の合理化町財政の健全化を意図して人員整理を行うことを決め、希望退職者を募つた結果三十名内外の多数の希望者がでたが、更に被告は原告らを含む吏員七名の者に対しては公務員として不適格であるとの事由から退職を勧告したところ原告ら両名を除く五名の者は右勧告に応じて円満に退職したが原告らはこれに応じなかつたことが認められるが、証人小笠原宗利、兵頭康雄の各証言、原告両名各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を併せ考えると、町村合併当時右のように多数の希望退職者や円満退職者を出したがその後一年余の後においては既に右に相当する人員が新規採用によつて充当せられている外事務機構の拡張等の事由が存するとはいえ、現職員数は合併時の人員よりも相当数増加していること、右新規採用者中には原告福岡よりも高令者が混つていること、町民の一部には本件人員整理を目して町長の交替による入替人事であるとの世評が存すること、被告は原告を免職処分に付した当時は就任後未だ日残く、また疾病のため町長として充分に執務できる状態になかつたこと、被告は原告らとは直接の面識はなく、原告らを充分承知していなかつたのみか、原告らを免職するに当つてもその性格、勤務状況等についてはその実体を充分調査の上熟知していたものではなく一部の者から事情を聴取したものに過ぎなく原告らが直接被告に対して退職事由の説明を求めたのに対し被告は何等具体的な解職事由を開示しなかつたこと等の各事実が認められる。右の各事実から判断すると、寧ろ被告はその臆測的事実を加えて本件処分を敢行したものではないかとの事情が窺知できるのである。

およそ任命権者のなす職員に対する免職処分は、任命権者の自由裁量に基いて行われるものであるけれども、その自由裁量と雖も法規で定められた範囲内においてのみ許されるのであつてその恣意を許さないこともとより当然である。しかして本件についてこれをみるに、被告の本件免職理由として主張するところは、前記認定のとおりいずれも地方公務員法第二十八条所定の免職事由には該当しないのである。然るに右各事由をもつて免職事由に該るとしてなした被告の原告らに対する本件免職処分は同条に違反するものであつて被告はその裁量を誤つたというのほかはない。他に本件免職処分が適法であるとの事由は被告において何ら主張立証しないところである。さすれば本件免職処分はいずれも違法であつてこれが取消を免れない。

九、よつて、本件免職処分の無効確認を求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、これが取消を求める原告らの予備的請求は理由があるからこれを認容すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 木原繁季 中利太郎)

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